大鶴 聰 先生

平成11年入局
University of Maryland

大阪大学整形外科に1999年(平成11年)に入局致しました大鶴 聰と申します。現在はアメリカのメリーランド州にありますUniversity of Marylandの整形外科にて研究室を主宰させていただいています。

これまでの経歴ですが、入局後、大阪大学、信州大学、市立川西病院等で研修させていただいた後、2002年に大学院に入学し遺伝子治療学教室(金田安史教授)にて研究の手ほどきを受け2007年に学位を取得しました。その後半年ほど市立芦屋病院に勤務した後、アメリカのフィラデルフィアにあるThe Children's Hospital of Philadelphiaでポスドクとして留学を開始しました。その後、オハイオ州コロンバスにあるNationwide Children's HospitalにてSenior Research Scientistとして勤務した後、2018年より現職につかせていただいています。

軽い気持ちで留学に出たのに日本の地は遠い・・・・といった感じで今に至っていますが、整形外科の中では比較的稀な例かもしれません。ちょっと変わった人生を歩みたいと思っている方々へ少しでも参考になれば幸いです。

今回若手の先生方より質問をいただきましたのでそれに答える形でこちらの情報をお伝えしたいと思います。

写真1 | Research Building

どのような研究をされていますか?

大学院時代に組織再生のメカニズムに関する研究をしていた関係で、ポスドク時代には間葉系幹細胞(MSC)を骨の遺伝子疾患である骨形成不全症(Osteogenesis Imperfecta)の治療に用いていたDr. Edwin Horwitzのところでそのメカニズムの研究を行っていました。移植したMSCが骨髄に生着して骨芽細胞となり健常な骨を作ることを期待していたのですが、実際には移植したMSCは直接骨芽細胞に分化することはなく、様々なサイトカインや成長因子などを分泌し組織再生を促進していることがわかりました。これらの研究結果をもとに、現在はMSCによる組織再生のメカニズムを詳細に解明し、MSCを用いないCell-free therapyの確立・応用を目指し研究しています。

もうひとつの研究テーマはOsteogenesis Imperfectaの成長障害のメカニズムの研究です。骨のマトリックスである1型コラーゲンの変異を主な原因とするOsteogenesis Imperfectaは脆弱な骨が主症状として知られていますが、成長障害も大きな問題の一つです。骨折を伴わない骨にも成長障害が認められ、骨芽細胞をターゲットにした治療においても骨の強度は増すものの成長障害は改善しないためOsteogenesis Imperfectaの成長障害の原因に関しては長らく謎でした。我々はOsteogenesis Imperfectaのモデルマウスを用いて、成長軟骨に異常があることを発見し、骨のマトリックスの異常が軟骨組織にどのように影響を与えているのかといったメカニズムの解明ならびに新たな治療法の開発を目指し研究をしています。

いつから海外を意識されましたか?なにかきっかけがありましたか?

学生時代に基礎配という基礎研究に従事する期間があったのですが、当時の私は基礎研究は自分に向いてないと考え、その期間を利用してラグビーをしにニュージーランドに留学しました。ラグビーのレベルはさることながら、日本とは異なる文化やさまざまなバックグランドの人々と接する中で、世界の広さ、自分の視野の狭さを痛感したことを覚えています。基礎配をさぼった自分が今も基礎研究をしているという謎はさておき、そのころから海外を意識し始めたように思います。

基礎研究をしていて最も嬉しい瞬間は(orやりがいを感じる瞬間は)?

日々の発見に心震わせわくわくの連続です!・・・と言いたいところですが、正直な話、実験は成功より失敗の方が多く、満足感を得ることが少ないように思います。臨床ですと、外来や手術が終われば一日の業務が終わり一息つけますが、研究の場合誰かが終わりを決めてくれるわけではなく、自分がやりたければやることは山積みですので絶えず後ろ髪をひかれた感が残ります(私だけかもしれませんが)。うまくいかないことが多い中、期待していた結果が出たときの嬉しさを一度味わってしまったがために、何度失敗しても次はうまくいくかもと期待して続けてしまうのが研究なのかもしれません(と、ここまで書いていて、似たようなコメントをギャンブル中毒の人が言っていたなと思いだしてしまいました(笑))。実際には、大きな研究費が当たった時が「これで研究が続けれる(クビにならずに済む)」と一番うれしかったように思います。非常に現実的ですみません…・。

日本で研究する場合と、海外で研究する場合ではどこに大きな違いがありますか?

日本に比べアメリカはラボ間や研究者間の垣根が低く、実験に必要な機器の貸し借りや、研究の相談、そしてコラボレーションなどがとても容易にできます。日本のように上から話を通さなくても、お互いに助け合えるのはとてもいい文化だと思います。高額な機器はCore Facilityに技官付きで備わっており、誰でもアクセス可能なので、初めて使う機器でも専門家によるしっかりとしたサポートを受けることができます。他大学との共同研究に関してもアメリカ国内だと時差もほとんどないため、電話やオンラインミーティングなどで簡単に相談ができるのもメリットです。多くの分野の著名な研究者がアメリカにはたくさんいるので、そのような研究者と簡単にコンタクトをとれるというのは研究を進めるうえでとても大きな助けとなります。

写真2 | ラボの風景

今後、日本人留学生を受け入れる予定はございますか?もしありましたら、留学生にどのような資質や技能を求めますか?

もちろん日本人留学生も受け入れていく予定です。まずは2021年の夏より小玉先生がポスドクとして来られる予定となっています。ただ、英語を身につけるという意味では、日本人PIのラボに行くのはお勧めできません。私のラボでは日本人率50%以下を維持し、英語を話す機会を確保できるよう心がけています。研究留学に来られる場合、ある程度の基礎研究の経験とある程度の英語力は最低限必要となります。日本とは異なる環境ですので戸惑うことも多いかと思いますが、新しいことを受け入れる心構えと、さまざまなことにチャレンジする積極性が留学をさらに実り多きものにすることでしょう。良くも悪くも自分で行動を起こさないとなにも始まらないのがアメリカです。

海外での私生活で、楽しいこと、苦労したことを教えて下さい。

海外での生活は、普通の日常生活ですらなんとなく現実でなく長い海外旅行の最中のような感覚になることが長年たった今でもあります。世界中の人々が訪れるワシントンDCやニューヨークといった都市が身近にある非現実感は日本ではなかなか味わえない感覚かもしれません。留学した当初は、すべてのことが日本にいるときのようにはいかず、嫌な思いや、憤り、不安などさまざまな思いをしました。日本で当たり前だったことが当たり前でない現実を経験することで日本の良さを改めて意識することができたのも海外生活のおかげでしょう。今ではそんな現実にも慣れ、多少のことでは苦労と感じなくなったのもある意味海外生活を通して成長した証なのかもしれません。

私自身のこの先の人生にしろ、子供の教育にしろすべてが手探り状態の初めての経験なので不安がないといえばうそになりますが、逆に想像すらできないすごい未来が待っているのではという期待もあります。元来それほど楽天的ではないのですが、このポジティブ思考を忘れないようにしたいと思っています。

先生の目標を教えて下さい。

上でも述べたように、10年後どころか1年後もしくは明日でさえ自分が同じ環境にいる確証がないほど先の読めない人生なので、具体的な目標は持っていません。一日一日をしっかり生きて、やると決めたことを最後まであきらめずに努力し続けた先に何が待っているのか、どこにたどりつけるのか私自身とても楽しみです。研究の目標という意味では、自分たちの研究の結果がいつの日か患者さんに届く日がくることを願って日々邁進しています。

海外を目指す学生、若い先生へのメッセージ

近年、日本からの留学生が非常に減ってきていると聞きます。最近の若い人たちは内向き志向だからとか安定志向だからといった理由が考えられるそうです。確かに日本は安全で住みやすい国だとは思いますが、海外から見て日本の国際競争力が落ちてきているのも事実だと思います。海外に出ることがかならずしも正解とは限りませんが、一度きりの人生、広い世界に出て新たな環境に身を置いてみるのもいいかもしれません。日本では感じることのできない刺激が皆さんの人生に新たな彩を与えてくれることでしょう。一歩踏み出す勇気、その時点からすでにチャレンジは始まってます。私でお役にたてることがあればお気軽にsotsuru@som.umaryland.eduまでご連絡いただければと思います。